― 良かれと思う言葉の、その先にあるもの

「頑張って。」
誰かを励ますとき、私たちは何気なくこの言葉を使います。
「きっと大丈夫。」
「もう少しだから、頑張ろう。」
相手を元気づけたい。少しでも前向きになってほしい。
そんな思いから出てくる言葉です。
ところが、その一言を聞いて、かえってつらくなる人もいます。
「これ以上、何を頑張ればいいのだろう。」
「大丈夫じゃないから、困っているのに。」
口には出さなくても、心の中でそう感じているかもしれません。
励ましたつもりの言葉が、なぜ相手を苦しめてしまうのでしょうか。

「頑張って」が重く感じられるとき
人は、同じ言葉でも、そのときの心の状態によって受け止め方が変わります。
少し落ち込んでいるときには、「頑張って」の一言が背中を押してくれることもあります。
けれど、すでに精いっぱい頑張っている人には、同じ言葉が負担になることがあります。
仕事が終わらない。
周囲に迷惑をかけたくない。
期待に応えたいのに、思うようにできない。
そんな状態の人に、
「もう少し頑張れば、何とかなるよ。」
と声をかけたら、どうでしょうか。
励ました側に悪気はありません。
でも、相手には「まだ努力が足りない」と聞こえてしまうこともあります。
同じ言葉でも、相手が置かれている状況によって、その意味は変わってしまう。
ここに、コミュニケーションの難しさがあるように思います。

なぜ、私たちはすぐに励まそうとするのか
私自身、管理職として仕事をしていた頃を振り返ると、部下が悩んでいる姿を見ると、何とかしてあげたいと思うことがありました。
「そんなに心配しなくても大丈夫。」
「失敗しても、次に活かせばいい。」
「気持ちを切り替えていこう。」
今思えば、相手のためという気持ちと同時に、早く元気になってほしいという自分自身の思いもあったのかもしれません。
人が落ち込んでいる姿を見るのは、周囲にとってもつらいものです。
何か言葉をかけなければ。
何とか解決してあげなければ。
そんな気持ちになるのも自然なことです。
けれど、相手が求めているのは、必ずしも励ましや解決策とは限りません。
ただ、今のつらさを分かってほしい。
少し話を聴いてほしい。
そんなときもあります。
相手のために何かをすることと、相手が今必要としていることは、必ずしも同じではない。
このことは、私自身も相談支援に携わる中で、大切にしている視点です。

前向きな言葉が、気持ちを置き去りにすることもある
最近は、職場でも「ポジティブに考えよう」「前向きに捉えよう」という言葉をよく耳にします。
もちろん、物事を前向きに考えることは大切です。
ただ、いつも前向きでいなければならないとしたら、どうでしょうか。
つらいときにも、笑顔でいなければならない。
落ち込んでいても、気持ちを切り替えなければならない。
そう考えること自体が、新たな負担になる場合もあります。
心理学では、つらさや不安などの感情を十分に受け止めず、前向きな考え方ばかりを求めてしまうことを「有害なポジティブさ(トキシック・ポジティビティ)」と呼ぶことがあります。
大切なのは、前向きな言葉を使わないことではありません。
前向きになれないときがあってもいい。
そう思えることではないでしょうか。
人は、気持ちを受け止めてもらうことで、少しずつ自分の状況を整理できることがあります。
無理に元気づけるより、まず今の気持ちに目を向ける。
そんな関わり方も必要なのだと思います。

「何を言うか」よりも、「何を受け止めるか」
キャリアやメンタルに関する相談を受けていると、言葉を探すことよりも、相手の話をそのまま受け止めることの大切さを感じます。
例えば、
「最近、仕事がつらくて……。」
と話してくれた人に、
「みんな大変だから、頑張ろう。」
と返すのか。
それとも、
「そうでしたか。どんなことが一番つらいですか。」
と返すのか。
どちらも相手を思っての言葉かもしれません。
けれど、その後の会話は大きく変わってくるように思います。
「よく頑張っていますね。」
という言葉も、相手の努力や苦労を知ったうえで伝えれば、ねぎらいになります。
一方で、状況を十分に知らないまま伝えると、気持ちが届かないこともあります。
言葉そのものに、正解があるわけではありません。
大切なのは、相手が何を感じ、何に困っているのかを知ろうとすること。
そして、すぐに答えを出そうとしないことです。
励ます前に、まず聴いてみる。
そのひと呼吸が、相手との関わりを変えることもあるのではないでしょうか。

励まさないことも、一つの支え方
誰かが落ち込んでいるとき、何も言わずにいることに不安を感じる人もいるでしょう。
「何か声をかけた方がいいのでは。」
「黙っていたら、冷たいと思われるのでは。」
そんな気持ちになることもあります。
でも、無理に励まさなくてもいいのだと思います。
「話したくなったら、いつでも聴きますよ。」
「何か手伝えることはありますか。」
「今は少し休んでもいいのではないでしょうか。」
相手の状況に応じて、そんな言葉をかけることもできます。
そして、言葉をかけることだけが支援ではありません。
仕事の負担を調整する。
相談できる時間をつくる。
必要であれば、専門家につなぐ。
相手が安心して休める環境を整える。
職場であれば、そうした具体的な関わりが必要な場合もあります。
特に管理職には、励ますだけでなく、その人が無理をし続けなくてもよい状況をつくることも求められているのではないでしょうか。

良かれと思う気持ちの、その先へ
私たちは、誰かの力になりたいと思うと、つい自分の経験や考えを伝えたくなります。
「自分もそうだった。」
「こう考えれば、楽になるよ。」
それが相手の助けになることもあります。
ただ、自分にとって役立った言葉が、相手にも同じように届くとは限りません。
人それぞれ、抱えているものも、歩んできた道も違います。
だからこそ、良かれと思って言葉をかける前に、少し立ち止まってみたいのです。
「今、この人は何を必要としているのだろう。」
「励ましよりも、まず聴いてほしいのではないだろうか。」
そして、自分自身にも問いかけてみる。
「私は、相手のために言葉をかけようとしているのか。それとも、早く元気になってほしいと思っているのか。」
もちろん、いつも適切な言葉を選べるわけではありません。
私自身も、後になって「あのとき、もう少し話を聴けばよかった」と思うことがあります。
それでも、相手の気持ちに目を向けようとする姿勢は、大切にしていきたいと思います。
励ますことよりも、まず、その人が今どんな思いでいるのかを知ること。
その先に、本当に相手の力になる言葉が見つかるのかもしれません。

皆さんは、誰かを励ましたつもりが、思うように伝わらなかった経験はありませんか。
反対に、何気ない一言に救われたことはないでしょうか。
人を支える言葉は、必ずしも立派な言葉である必要はありません。
「大変でしたね。」
「話してくれてありがとう。」
そんな一言が、相手の心に届くこともあります。
人を支えるとは、必ずしも元気にすることではなく、その人が今の自分でいられる時間を大切にすることなのかもしれません。


次回は、
「正しいことを言っているのに、なぜ伝わらないのか」
― 正論だけでは動かない、人の心を考える
について、職場や日常の関わりを振り返りながら、少し立ち止まって考えてみたいと思います。
次回もお楽しみに。