― 評価と納得のズレ

暑さが本格的になり、七月も中盤に入りました。
新年度から数か月が過ぎ、新しい環境にも慣れてきた頃です。
一方で、この時期になると、
「思っていたより評価されていない気がする。」
「こんなに頑張っているのに、なぜだろう。」
そんな声に出会うことがあります。
現場で対話を重ねていると、
「頑張っていますね。」
そう声を掛けられても、どこか納得できない表情をされる方がいます。
反対に、
大きな評価を受けているわけではなくても、
「この仕事をやって良かった。」と穏やかに話される方もいます。
この違いは、どこにあるのだろうか。
私たちは、
評価されることが励みになる一方で、
いつの間にか、「評価されること」が目的になってしまうことがあります。
評価は、
誰かが与えてくれるものです。
けれど、
納得は、
自分の中に生まれるものです。
もちろん、
組織の中で評価は大切です。
努力が認められることは、働く喜びにもつながります。
その喜びも、
評価だけを追い続けると、相手の期待に合わせることが優先され、
「自分は何を大切にしたいのか」
という視点が少しずつ薄れていくことがあります。
以前、ある方がこんな話をしてくださいました。
「結果は評価していただけたんです。
でも、なぜか達成感がなかったんです。」
話を聞いていくと、
その方は、
評価されるために頑張っていたわけではありませんでした。
本当は、
誰かの役に立てたという実感や、
自分なりに納得できる仕事をしたかったのです。
その思いに気づいたとき、
表情が少し和らいだことを今でも覚えています。
組織では、評価することも大切です。
けれど同じくらい、
「自分は、この仕事に納得できているだろうか。」
そんな問いを持つ時間も必要なのかもしれません。
評価は、
自分では決められません。
けれど、
仕事の意味や、
自分の成長をどう受け止めるかは、
自分自身で育てていくことができます。
人は、
評価だけでは長く走り続けることはできません。
自分なりの納得があるからこそ、
次の一歩を踏み出す力が生まれるのだと思います。
だからこそ、
頑張っているのに報われないと感じたときは、
「評価されているか。」
だけではなく、
「自分は、この仕事に納得できているだろうか。」
そんな問いを、自分自身に向けてみる。
その時間が、
また前へ進む力につながるのかもしれません。
次回は、「評価」の次のテーマとして、
「自分らしく働くとは、誰が決めるのか
― 他人の物差しと、自分の物差し」