― あの景色を、もう一度思い出して

                                 写真:熊本県御輿来海岸

少し、寄り道をしてみたいと思います。

数年前、熊本でリトリートの時間を過ごしたことがあります。

日常から少し離れ、自然の中で過ごした数日間。その時に訪れたのが、宇土市の
御輿来海岸(おこしきかいがん)海岸でした。

目の前に広がっていたのは、まるで月の表面を思わせるような、不思議な景色。

潮が引いた海には独特の模様が広がり、遠くまで続くその景色を、しばらく何も考えずに眺めていたことを覚えています。

それから何年か経ちました。

日々、さまざまな場所へ足を運び、多くの方とお話をする中で、ふと、あの海岸の景色を思い出すことがあります。

波の音。

海から吹いてくる風。

どこまでも広がる空。

当時はただ、「すごい景色だな。」と眺めていたように思います。

でも今振り返ると、あの時間には、日常とは違うゆっくりとした時間が流れていました。

何かを考えようとしなくても、自然と呼吸がゆっくりになり、肩の力が少し抜けていく。そんな時間だったように思います。

普段の生活では、「次は何をしよう。」 「これを終わらせなければ。」 「この先はどうしよう。」と、いつの間にか頭の中が「次のこと」でいっぱいになっています。

私自身も、そんな一人です。

でも自然は、「次はどうするの?」とは聞いてきません。

海は海のまま。

風は風のまま。

波も、自分のリズムで寄せては返していきます。

あの景色を今、改めて思い返してみると、人にも、何もしない時間が必要なんだな。

そんなことを感じます。

前へ進むことも大切です。

頑張ることも、挑戦することも大切です。

でも、ずっと前を向いて走り続けなくてもいい。ときには立ち止まって、
風を感じたり、空を見上げたり、ただ海を眺めたりする。

そんな時間の中で、張りつめていたものが少し緩み、心に余白が戻ってくることがあります。

自然には、何かを教えようとする言葉はありません。

それでも、その場所に身を置いているだけで、いつの間にか心が少し軽くなる。

数年前のあの時間を振り返り、自然にはそんな力があることを、改めて感じています。

「立ち止まる」というと、前へ進んでいないように感じることがあります。

でも、立ち止まったからこそ見える景色もあります。
少し休んだからこそ、また歩き出せることもあります。

宇土の御輿来海岸海岸で、ぼんやりと海を眺めていた時間。

何か答えが見つかったわけではありません。

でも、それでよかったのだと思います。
答えを探さない時間も、私たちには必要なのかもしれません。

自然の中で、少し立ち止まり、少し力を抜く。

そして、また自分のペースで歩き始める。

数年前の一枚の景色が、今になってそんなことを思い出させてくれました。

次回

今回は少し寄り道をして、数年前の景色から、自然の中で「立ち止まる時間」について言葉にしてみました。

次回は再び〈意思編〉に戻ります。
遠回りも、予定外の出来事も、振り返れば自分のキャリアの一部になっていきます。

では、その経験を、ただ「経験したこと」で終わらせず、
次の一歩につなげるためには何が必要なのでしょうか。

「経験は、振り返って初めて自分の力になる」
― 立ち止まることが、次の一歩をつくる

について、少し立ち止まって見ていきたいと思います。