― 意味が失われる構造

先週は少し本題から離れましたが、今週は再び〈意思編〉に戻りたいと思います。
先日、仕事がひと段落した時間に、滞在先の近くにあったサントリーのビール工場を訪れる機会がありました。
工場見学というと、
製造工程や品質管理の話が中心かと思っていました。
けれど、私の印象に残ったのは、
ビールのつくり方ではありませんでした。
そこにあったのは、
「なぜ、この商品を届けるのか」
という考え方でした。
原料を選ぶこと。
水にこだわること。
品質を追求すること。
その一つひとつの背景には、
「お客様に喜んでもらいたい」
という思いがありました。
また、サントリーには
「水と生きる」
という言葉があります。
水や自然の恵みに支えられている企業として、
その恵みを守りながら、
人々の暮らしに潤いや豊かさを届けていく。
工場見学をしながら、
これはビールづくりの話だけではないな、
と感じました。
人が仕事に向き合うときも、
組織が前に進もうとするときも、
「何をやるか」
より先に、
「なぜやるのか」
が見えているかどうかで、
大きく変わることがあるからです。
企業の現場でも、
こんな声を聞くことがあります。
「言われたことはやっています」
「目標は達成しています」
「仕事はこなしています」
けれど、
どこか元気がない。
どこか楽しそうではない。
そんな場面です。
もちろん、
やる気がないわけでもありません。
目の前の仕事が、
何につながっているのか。
誰の役に立っているのか。
なぜ自分がこの仕事をしているのか。
そこが見えなくなると、
仕事は少しずつ
「作業」
へと変わっていきます。
作業が増えると、
忙しさは増える。
けれど、
充実感は減っていく。
すると人は、
「何をやるか」
ばかりを追いかけるようになります。
本来は、
「なぜやるのか」
が先にあるはずなのに。
学生との対話でも、
似たような場面があります。
「どんな会社に入ればいいですか」
「どの仕事が向いていますか」
もちろん大切な問いです。
その前に
「自分は何を大切にしたいのか」
「どんな時にやりがいを感じるのか」
という視点が見えてくると、
進路の見え方が変わることがあります。
人は、
「何をするか」だけでは、
長く力を発揮し続けることは難しいのかもしれません。
自分の仕事が、
誰の役に立ち、
何につながっているのか。
その意味が見えているとき、
人は自然と前を向いて歩き始めるように感じます。
モチベーションとは、
気合いや根性だけではありません。
自分の仕事の先にいる誰かを感じられること。
自分の役割の意味を理解できること。
そこに、働く力の源があるように思います。
ビール工場で見たのは、
製造工程ではありませんでした。
その奥にある、
「なぜ、この商品を届けるのか」 という思いでした。
人も組織も、
「何をやるか」を考えることは大切です。
けれど、
その前に、
「なぜやるのか」
に立ち返る時間も必要なのかもしれません。
意味が見えると、
人は動き出します。
そして、
意味を共有できる組織には、
自然と活気が生まれていく。
そんなことを、
ビール工場の見学を通して改めて感じた一日でした。

次回
「期待に応えよう」とするほど、自分が見えなくなる
― 他者軸で動く苦しさ
について、
キャリア支援や人材育成の現場で感じることを交えながら、
少し立ち止まって見ていきたいと思います。