
春が近づき、
冬の空気が少しずつやわらいできた感じがします。
現場にもまた、
目には見えない変化が、
そっと生まれる時期です。
正解を増やすためではなく、
見方を整えるために。
ここから、人と組織の関わり方について、
現場で見えてきたことを綴っていきます。
なぜ私は、今あらためて「人の関わり方」を言葉にするのか
最近、こんな声をよく耳にします。
「自分の力不足でしょうか」
「もっと厳しく言うべきでしょうか」
「最近、部下が考えなくなっている気がします」
皆さん、本当に責任感が強い。
だからこそ、うまくいかない理由を自分の中に探してしまう。
けれど私は、現場を見続ける中で、
ある確信を持つようになりました。
問題は、人ではない。
関わり方の前提にある“見方”です。
組織が小さいうちは、経験で回ります。
空気で伝わります。
「分かってくれているはず」で進みます。
しかし、人が増え、世代が分かれ、価値観が広がると、
そのやり方は、静かに限界を迎えます。
それでも私たちは、
考え、やり方を強めようとします。
もっと指示を出す。
もっとルールを増やす。
もっと注意する。
その結果、起きるのは何か。
考えなくなる現場。
黙る会議。
疲弊する管理職。
誰も悪くないのに、空気が重くなる。
私が今あらためて
「人の関わり方」を言葉にしようと思ったのは、
方法を伝えるためでないんです。
立ち返るための“軸”を、
そっと置いてみてはと、思ったからです。
その軸として、私が何度も立ち返るのが
武田信玄 の人材観です。
「人は城、人は石垣、人は堀」
この言葉は、美しい標語ではありません。
覚悟です。
城を守るのではなく、
人を守ることで、組織を守る という発想。
さらに信玄は言います。
「渋柿は渋柿として使え」
人を均一にしようとしなかった。
直そうとしなかった。
活かそうとした。
この視点が抜けた瞬間、
育成は管理になり、
管理は圧力になります。
私は、研修や講演の中で、
大きな変革を起こそうとはしません。
問いを一つ、置きます。
見方を一つ、ずらします。
すると、不思議なことが起きます。
空気が少し柔らぐ。
会議で一人が話し始める。
管理職の肩の力が抜ける。
現場は、劇的には変わりません。
でも、静かに動き出します。
私は、その瞬間を何度も見てきました。
この場では、
手法を集めることよりも、
立ち返る視点を大切にします。
代わりに、
・なぜ、頑張るほど空回りするのか
・なぜ、正しさが人を追い詰めるのか
・なぜ、問い一つで空気が変わるのか
その構造を、丁寧に紐解いていきます。
答えを急がない。
人を責めない。
でも、曖昧にも逃げない。
そんな言葉を、ここに残していきます。
次回
「人は城、人は石垣、人は堀 ── マネジメントの原点」