― 全員納得を目指すことの落とし穴
【シリーズ:立ち返る視点⑨ 武田信玄に学ぶ、人と組織の関わり方】

判断を先送りする空気が、いつの間にか組織の中に広がっていく。

誰かが反対しているわけではない。
大きな対立があるわけでもない。
意見は出ている。
方向も見えている。

けれど、最後のところで決めきれない。
そんな場面に出会うことがあります。

会議の場では、
こんな言葉が出ることがあります。
「もう少し意見を聞いてからにしましょう」
「全員が納得してから進めたほうがいいですね」

決して悪い言葉ではありません。

むしろ、
丁寧で、周囲を大切にしている言葉です。
けれど、その丁寧さが、ときに判断を遅らせることがあります。

武田信玄の言葉に、こんなものがあります。

百人のうち九十九人に誉めらるるは、善き者にあらず

多くの人に誉められること。
反対されないこと。
波風を立てないこと。

それは一見、良いことのように見えます。
けれど、全員に受け入れられることを目指しすぎると、
本当に必要な判断が、少しずつ曖昧になっていきます。

組織の中では、
全員が納得する答えを探したくなることがあります。
誰かを傷つけたくない。
反対されたくない。
後から不満が出ないようにしたい。
その思いは、とても自然なものです。

しかし、
全員納得を目指すほど、判断の軸が外側に移っていきます。

「何が必要か」ではなく、
「誰がどう思うか」に意識が向き始める。
ここに、意思決定の難しさがあります。

全員に誉められる判断は、角が立ちにくいかもしれません。
けれど、角が立たない判断は、
ときに何も変えない判断でもあります。

大切なのは、
全員に好かれることではなく、
何のために決めるのかを見失わないことです。

もちろん、
人の意見を聞くことは大切です。
丁寧に対話することも、合意形成を進めることも、
組織には欠かせません。

ただ、
対話と先送りは違います。
合意形成と、
判断を避けることも違います。
ここを混同すると、
組織は動けなくなっていきます。

ある管理職の方が、
こんなことを話されました。
「反対されないように進めようとすると、
結局、何も決められなくなるんです」

その言葉は、とても象徴的でした。
反対をなくそうとするほど、判断は弱くなる。

そして、

判断が弱くなるほど、現場は迷いやすくなる。

意思決定に必要なのは、強引さではありません。
全員を説き伏せる力でもありません。

必要なのは、

立ち返る軸です。
何のために決めるのか。
誰のために進めるのか。
今、何を大切にするのか。
その軸があるとき、
判断には静かな強さが生まれます。

百人のうち九十九人に誉められることを、
目指しすぎない。

本当に大切なものを守るために、
時には迷われる判断を引き受けるということです。

組織が前に進むためには、
全員が同じ温度で納得するまで待つのではなく、
納得に近づける対話を続けながら、
必要な判断をしていくことが求められます。
判断とは、
誰かを置き去りにすることではありません。
判断とは、
進む方向を示すことです。

全員に誉められることよりも、必要な一歩を選べているか。
その視点に立ち返るとき、組織の意思決定は、
少し違う景色を見せてくれるのかもしれません。

次回は
なぜ「真面目な職場」ほど疲弊するのか
― 正しさが人を縛る構造
について、
組織の空気と働きやすさの視点から、
少し立ち止まって見てみたいと思います。